中学1年の頃の話だ。

別の皮膚科に通うようになったとき、塗り薬をステロイドなしのものに変えることになった。

 

今もあるのかわからないけれど、「ステロイド依存症」という言葉があって、その医者もそういう言い方をしていたように思う。

曰く、ステロイド軟膏は「副腎皮質ホルモン剤」であり、一種のホルモンドーピングなのであるから、長期間常用すると止めることができなくなる、と。

 

かつて塗り薬をちゃんと塗らなかっただけで親が怒られる様を見てきたわけだから、一生塗り薬を続けなければいけないという事実を突きつけられると、多少は暗い気持ちになる。

そこへきて、「依存症」というパワーワードを使われると、確かにそうなのかもなあ、塗り薬をやめたいなあという気がしてくる。

これが脱ステロイドのよくある入り口の一つなんだろうと思う。

 

ステロイドなしの薬は、代わりに効果が薄いのでたくさん塗るべしとのことで、医者からいつもの倍くらいの塗り薬を処方された。

ワセリンに近い塗り心地で、やけにベタベタしたのを覚えている。

 

そして、日に日に肌の調子が悪くなっていった。

 

その状態を診察した上で、医者曰く、

「当面は引っ掻くことによりできる傷のせいで悪化するが、ステロイド依存から脱すると元の肌に戻る」とのことだった。

加えてポララミンという痒み止め薬を処方された。

 

さらに、肌の調子が悪くなっていった。

顔は真っ赤、目がしらの切り傷が治らない状態がしばらく続くことになった。

ポララミンを飲んだ結果、眠気で頭はボーッとなり、痒みがマシになるというよりは全身の力が抜けるようだった。

それでもたまに襲ってくる猛烈な痒みを抑えることができず、擦り傷、引っ掻き傷が量産されていった。

 

そのときの僕は、「この肌は、僕が引っ掻くのを我慢できないから悪いんだ」と思っていた。

医者から「引っ掻くことによりできる傷のせい」と言われたこともあり、多少ションボリしつつ、自分のせいなので半ば諦めていた。

 

そんな時期が数ヶ月続き、学校の周囲や家族から「さすがにひどい」という声が出たのがきっかけで、別の病院に運び込まれたのだった。

 

新しい医者からは

「かなりの重症。いったん傷を治すため、ステロイド軟膏を使った湿布を身体中に貼り、包帯でくるみます」

といわれ、身体中包帯でグルグル巻きにされた。

 

1日後包帯を取り替えたとき、見えた肌が随分ときれいになっていて、神様に出会ったような気持ちになった。

間違いなく、ステロイドという名前の神様だった。

 

「ステロイドは、続けると良くないともいわれているけどねー。急にやめると、こうなっちゃうんだよねー」

と言って、新しい医者は適切に塗り薬や湿布で処方をしてくれた。

僕が実家を出ていく高校3年までこの皮膚科にお世話になることになり、前の皮膚科は「ヤブ医者だった」と家族から罵られることになった。

 

アトピーで一番つらいのは、傷ができた状態で痒いときだ。

皮膚の状態が悪いことが痒みを促進するので、悪循環に陥ってしまう。

悪循環を断ち切るためには傷を速やかに直さなければならず、できた傷を手っ取り早く治す一番の方法は、ステロイド軟膏だ。

確かに強いステロイド薬を使うと皮膚が薄くなったり突っ張るような感じが残ることがあるけれど、「傷を治すのを劇的に早める」という効果でこんなに頼もしい存在は他にないと思う。

 

 

そして、僕は今は、ステロイドの神様と一生を添い遂げる決意を持っている。

 

脱ステロイドの呪いは、「ずっと薬を使い続けるのはおかしい」という思考形式からくる。

 

この思考形式を否定するのは難しい。

アトピーじゃない大勢の人は、ステロイドを使っておらず、ほとんど痒みもない。

この思考形式を否定するためには、「自分は大勢の人と違うんだ」ということを受け入れる必要がある。

これを子どもの頃に受け入れるのは、僕もできなかったし、普通の親も難しいだろう。

 

でも、この思考形式は「呪い」だ。

世の中には毎日薬を飲み続けている人なんてたくさんいるし、癖なんてない人のほうが少ないくらいだ。

 

そんな程度のことで、自分の体をダメなやつだと見捨てるわけにはいかないだろう?

自分の良いところも、いっぱいあるんだろう?

クヨクヨしないで、病弱な肌の自分と、末長く付き合って行こうぜ。

 

ステロイドは安いし、別に何かを失うわけじゃない。

さらに、嫌になったら自分で塗るのをやめれば良いのだ。

金がかからない、出入り自由の宗教だ。

そんな宗教に入って、何が悪いと思う。

 

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