治験の説明より胡散臭いものというのは、世の中になかなかないと思う。

 

僕は、「小学校時代からの大親友に久しぶりに会って、マルチ商法に誘われる」という残念なイベントを経験済だ。

 

そのときの友人のマルチ商法の説明は

「会員だけの間で販売することにより、広告費がかからない分だけ安く良い商品を提供できる」

「会員には紹介制度があって、一部の販売手数料は会員を紹介した人にも支給される」

「一般の販売手数料は10%で、もし子会員がいれば子会員の販売実績に応じて販売手数料率が18%まで上がるシステム」

という感じの怪しさだった。

 

無論、システムのひとつひとつを論破させていただき、

「このシステムでは、キミのいう『しがらみのない自由な暮らし』を手に入れるのは無理だ。

 結局自分が直接販売しないと手数料はゼロだからね。

 それに、僕はしがらみのない暮らしをそれほどいいことだとは思わない。」

とお断りさせて頂いた。

 

 

ある種、治験の説明はこれよりも怪しい。

 

皮膚科医に治験を勧められた僕は、聞いたことがない製薬会社の名刺を渡され、僕の連絡先を名刺の人に伝えることに同意した。

後日名刺の人から電話があり、皮膚科の治療室で治験の説明を受けることになった。

 

治験の説明文書には、冒頭に

「あなたは将来に向かっていつでも治験をやめる権利がある」

ということが書かれていた。

 

まずはメリットから説明するのがこの類の定跡と言える。

そして、いつでもやめていいというのは随分親切に聞こえるが、よくよく考えれば当たり前だ。

薬の効果が疑わしくなってもやめられなかったら、人体実験か奴隷の扱いだろう。

 

製薬会社の方が白衣を着て滔々と説明をしてくれる。

 

「てぃださんがご参加いただくのは二重盲検治験になります。7分の3の確率で真薬、7分の1の確率で半量の真薬、7分の3の確率で偽薬が投与されます。どのケースに該当しているかは治験終了後も、私も含めて知らされません。」

「治験薬は週に1回の皮下注射です。ご自宅で注射いただく場合もあるので、病院でもご自身で皮下注射をして頂きます」

「当面の間は毎日、2ヶ月後からは1週間おきに、ご自身の痒みをご報告頂きます。

 自動応答電話にダイヤルし、痒みの度合いを10段階で判定頂きます。

 現時点での痒みのスコアが低い場合は治験にご参加頂けない可能性があります」

「治験の最中、身体に不具合が生じた場合、その治療費は製薬会社が負担いたします。」

「治験薬のほか、併用することとされている保湿剤とステロイド剤は提供いたします。その使用量をご報告頂きます」

「治験へのご協力の謝礼として、御足労頂いた度に1万円をお支払いします」

といった内容だった。

 

ア●ウェイの勧誘を超えるパワーワードが並んでいる。

内容をひとつひとつ吟味しよう。

 

まず一番気になるのは、偽薬(プラセボ)が当たる確率が半分ほどあるということだ。

治療目的での参加なのだから、偽薬が当たると全く目的が果たせない。

 

しかし、これは「デメリット」とは言えないだろう。

偽薬はどうせ生理食塩水だ。標準治療を放り出した僕にとっては他の有効な手段があるわけでもない。

つまり、偽薬が当たっても現状維持だ。

 

僕にとってのデメリットは、毎日電話をして痒みを報告するのがめんどくさい、というところだ。

これは実際どれくらい面倒なのかはやってみないとわからない。

そして、将来に向かって治験参加をやめることはできるのだ。

 

塗り薬にはこだわりはないから、費用がかからないがは嬉しいくらいだ。

謝礼の1回一万円は、この手のものはもらうことによるデメリットを考えなければいけないけれど、年15回ほどの通院で終わりそうだからギリギリ確定申告の必要はなさそうだ。

 

吟味した結果、僕は

「治験に参加します。

 ただし治療目的での参加なので、薬に効果がないと感じたり、報告が面倒になったら辞めるかもしれません。」

と答えた。

 

製薬会社の人は「それで全く構わない」とのことだった。

 

おかげさまで僕の痒みレベルは重症と認められたようで、治験に参加することになり、本当かどうかわからない薬を投与されることになった。

 

最初の一本は看護師さんに注射してもらい、その日に射つもう一本は自分で腹に皮下注射をした。

 

皮下注射をしてみてわかったのは、子供の頃の注射が痛かった理由だ。

 

実は注射が痛いのではなくて、薬剤を入れることが痛いのだ。

大人になると注射は主に採血で行うと思うのだけど、これは血管から血液を抜くだけだから、痛いのは針を刺すそのときだけだ。

対して薬剤を注入する場合は、皮下組織に液体を入れることになる。

このとき皮膚を圧迫するので痛みが大きいのだ。

子どもの頃はどちらかというと予防接種の類で薬剤を入れる注射が多かったから、あれほど痛い記憶が残っているのだろう。

 

そんなわけで普段の注射よりは痛かったが、皮下脂肪の厚い腹に射ったこともあり、耐えられないほどではなかった。

 

 

そして、治験薬を注射した翌日から、僕の痒みは劇的に改善された。

 

痒みのない人にはわかってもらえないかと思うけれど、布団の中で目を瞑るとき、体で痒い場所を数え上げる作業をする。

僕の場合は「左足の指が痒い、尻が痒い、腿が痒い、脇腹が痒い、まぶたが痒い・・・」と、毎晩ホットスポットが複数見つかるものだった。

 

それが、「どこも痒くない」という状況に変わったのだ。

物心ついてから30年、初めて「アトピー患者でない人の気持ち」がわかったのだ。

 

このことを周囲に話したところ、

「てぃださんは生理食塩水が特効薬だったんですね」

「生理食塩水で治るなら、むしろ安くてよかった」

と、僕が偽薬を射たれている前提でひとしきり漫談がされましたとさ。

 

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